10月30日 本蔵さん本人質問(2日目) 傍聴記10

【WBにある「磁石」との記載だけで、愛知製鋼の磁石治具の秘密を開示したことにはならない。】
アモルファスワイヤを基板に止めるために磁石を使うという情報だけで秘密開示とは言えない。仮止めするのに磁石を使う発想は一般的。仮止め方法は①磁石、②接着剤、③機械式、つまりバネやネジ、④エアチャックの方法があって、一番簡便なのが磁石である。最初に磁石を考えるのはごく当たり前。磁石は力が弱いので、仮止めが不十分な場合に他の方法を検討することになる。例えば、冷蔵庫、入れ歯。特別愛知製鋼の秘密の発想ではない。
磁性ワイヤを止めるために磁石を用いるという発想は、本事件の7年前に、朝日インテックが特許も出していて公開されている。ガイドワイヤ、カテーテルのワイヤと思うが、0.3㎜と非常に径が小さく、取り扱いが難しい、こういう場合は、やっぱり磁石を使うのが一番簡単にできるということで、公知の中で使われている技術と思う。
金属製のワイヤを固定するために、「多極着磁の磁石を使う」という点は公開情報で、あるメーカのマグネットチャックという商品カタログにも出ている。磁石の専門家ならば常識で、多極着磁というのは磁力を出すためのテクニックの典型例。
愛知製鋼の磁石治具の何が営業秘密かと言えば、寸法、材質などの具体的な設計は営業秘密、ノウハウである。 実際、西畑に、ワイヤを磁石で仮止めするよう指示したところ、ワイヤが付きませんと、相談してきた。磁石をべたっとやって突かないと、そこで、多極着磁磁石を使用するものだと言って、磁石の担当者に磁石をもって来させて、着きました。次に、使っていると磁力がなくなってきた、という相談も受けた。後工程で180℃の熱を掛けるので、磁力が落ちてきたためで、ネオジコバルトタイプの磁石を使っていたのをサマリウムコバルト磁石に切り替えるよう指示した。ギャップを詰めろという指示もした。
最適化については、コンピュータによる磁場解析という技術で、寸法とかを計算しないとなかなか磁石治具はできない。磁石の長さ、幅、厚み、ワイヤまでの距離、磁石材質の選定、鉄ヨークとの組み合わせなど、コンピュータを使って計算し、最適寸法と構造を求める。このような、必要な具体的な磁石設計こそが、他社に知られてはいけないノウハウである。
4月9日のWBの議論では、松永氏に対して、本蔵が設計をしようとしている磁石治具は、溝が浅くワイヤ間隔が狭いので設計が難しい、と話した。浅い溝に磁力で止めようとするとより大きな力が必要である。一方、ワイヤの間隔が近いと、ワイヤ同士が反発し、いいバランスが難しい。そういうことはわかっていたので、簡単じゃないけど考えて見るつもりだという言い方をした。
WBには、多極着磁など磁石治具の具体的設計については何も書かれていない。

【本蔵さんは「磁石治具をJSTには見せるな」との指示をしていない。また、磁石治具を報告しなかったことを理由に、それが愛知製鋼の営業秘密になるわけではない】
JSTにノウハウとして磁石治具を報告しなかったことを理由に、この磁石治具の情報が愛知製鋼の営業秘密として保持された、と言えない。JSTの委託開発によって生まれたノウハウである以上は、JSTが保有するものである。山本氏も、JSTから求められれば対応していくつもりだったと証言していた。
山本氏は、磁石治具についてJSTに見せるな、と本蔵から指示を受けた、と証言したが、そのようなことがあるはずがない。本蔵は、JSTへの報告書の作成を山本氏に一任していた。提出日に持ってきて、上へ上げておきますということで、よろしく頼むねと言った記憶はある。後で、記者会見をやるときに報告書に目を通した。 四半期ごとに開発経過を報告していたし、開発実施報告書はそれをまとめて出すように指示した。
当時、マイクロコイルとボビン方式コイルとの2つを同時に研究していて、約半年間2つの開発が並行していた。ボビン型はJST予算、マイクロコイルは愛知の独自予算ということで、JSTと了解がついて、メッキ式コイル(マイクロコイル)については報告書に書く必要はないと山本に指示した。ワイヤ挿入装置は両方に重なっていたので、彼は、どう記載するか迷ったかもしれない。但し、この装置は大事だから磁石治具を隠せと言った方が別にいると思います。それは森田副社長が山本に指示をしたのだなと今は思っています。
当時森田副社長が、MI技術を愛知製鋼で独占しろと指示を出していて、山本とか青山君を幅社長室に呼んで直接指示をしていたので、山本らに森田さんのそういう指示があったのかなと思います。 1号機に使用した磁石治具はJSTに帰属するので、アイチ独自の営業秘密とは考えていなかった。2号機、3号機の磁石式治具の改良点は愛知製鋼に帰属すると思います。

学生 B さん その 10 [ 2021.3.23 ]

10月30日 本蔵さん本人質問(2日目) 傍聴記9

【ワイヤ挿入装置2号機、3号機について】
装置は、技術内容が変化に対応して、呼称も変えた。 張ることが難しいので「張り機」、これは最初のジャンプアップ、本蔵が名付けた。溝に入れるのが難しいと思った時は「挿入機」(1号機)、精度を上げたい、30μの精度を10μに上げたい、ということで、「アライナ」(3号機)、これらはリコーが名付けた。
ワイヤ直径は、1号機の30μから2号機の15μ、3号機の10μへ細径化し、進化した。細くするのはセンサの性能を上げるためで、消費電力が下がる。ただし,細くなると張力制御装置が難しくなってくる。1号機は30,20μまでが限界、3号機では独特な制御で、正転送りして、後でバックテンションという形に変えていった。市場ニーズに対応して、整列技術が進化した。
西畑は、1号機から3号機へ、ワイヤを張って切断するという基本構造は変わっていないというが、1号機で10μのワイヤを断線せずに引き出すのは無理。1号機のバリカン切断で10μのワイヤはふにゃふにゃすぎて難しい。1号機と3号機とでは、装置の機能、構造、工程は非常に違うと思っている。切断はバリカンからレーザへ変化、耳がでちゃいけないので、3号機は戻し機能が入ってくる。一番の違いは張力の掛け方で、1号機は一定張力を掛けて引っ張るが、3号機は正転送り、張力なしで、送り、後でバックテンションを掛ける、とても同じ装置とは言えない。但し、位置をきちっとして、溝にワイヤを入れるという考え方は同じ。でも溝に入れるテクニックは、1号機は傾斜をつけて、ステージを揺動させながら上げるが、3号機は基板の精度を上げてワイヤを入りやすくするということで、アプローチが違う。ワイヤを溝に入れ込むテクニックは同じところがほとんど無い。
西畑の言い方では、研究0号機も、エフエ電子が八十島向けに作った装置も、基本的には同じという理屈になる。 また、機械メーカに、装置の目標、ワイヤを基板に並べるという仕様を示せば、今のような共通する工程や構造は容易に想定できるものである。
愛知が独自に開発した磁石治具などは、1号機を開発する過程で開発されており、JSTが保有するもので、愛知独自の秘密ではない。
2号機は、1号機と似ているが、CCDカメラを付けて量産性を上げた点が異なる。
3号機は、ワイヤを10μにしたので、大きな変更点があり、切断はレーザを使わざるを得ない、耳レスにするためにワイヤを戻す機能を付ける、張力の点で、正転送りした後にバックテンション、と機械の構造が大幅に異なる。
WBには、2号機、3号機の営業秘密は全く記載されていない、理由は簡単で、一般基本設計のところで、考える方向が、ベクトルが違うから。張力を上げていく研究をしようというのと、張力をできるだけ掛けないのとでは、ベクトルが全く違うので、愛知の苦労した点はWBに一切出ていない。

学生 B さん その 9 [ 2021.3.23 ]

10月30日 本蔵さん本人質問(2日目) 傍聴記8

【2013年1月25日のメモの「構成部品は公知」の意味について】
1月25日に次世代センサの研究装置の基本について本蔵が考えていたメモには、「構成部品は公知」と記してあるが、これは、すべて部品が公知部品だということです。一番大事な張力制御装置がまず公知、次にステージが公知で大量に生産されていた、あとワイヤをつかむチャックも当然公知、そういう意味です。
構成部品の中に磁石治具は入らない。装置の中には入らないので、装置の部品とは考えていなかった。

【WBは、公開情報をベースに本蔵の新しい発想を書いたもの】
2013年4月9日のWBには、ワイヤを引き出して基板に張ること、ステージへの移動、切断など装置の概要の記載があるが、これらの記載は、0号機の基本設計で、愛知も公開していた情報である。WBに記載されているのは、公開情報をベースとして、本蔵の新しい仕様についてのアイデアを説明をしたもの。1月25日のメモにある「愛知しか知り得ない情報」①~⑤は全く書かれていない。逆にYAGレーザ切断など、メモに本蔵の新たな発想として書かれたいたものと一致している。

【ワイヤ挿入装置1号機の秘密管理について】
西畑レポートは本蔵の記憶になかった、見たことがなかった。裁判に出されているレポートには部長の承認印がない。承認者の所見覧にコメントがない。個人メモであり、会社として秘密管理していた文書とは言えない、こういうメモが愛知製鋼の秘密のようにして、出てくるのは理解出来ない。愛知製鋼では会社が責任持って管理するものと、個人が管理して良いものと2つあった。会社が管理するものは厳密に決まっていて、承認印を取って、管理ナンバーを取って、技術管理部がファイリングしていく、長期保存の部屋もあった。西畑レポートは結構時間がたっているので、本来なら、長期保存の棚のどこにあったかを言っていただかないと会社が責任もって管理してきた資料かどうかわからない。
公開する場合は、特に学界発表、論文は稟議、承認を取った上で発表していた。公開する、しないの判断は部門長で、電磁部の場合は本蔵が決定していた。
本蔵が退職するときは、公開情報を整理して、だれにもわかる形にして退任した。 社内研究発表会をやっていたので、西畑レポートはその資料であることはわかるが、それが研究報告書にして保管されたものかどうかわからない。
秘密には3種類あり、1つ目は個人が管理している個人メモも含めて会社の情報はすべて秘密にされるべき、そういうレベルの秘密。2つ目は、そのうち、会社の部門長が有益かつ重要と判断して管理している情報。3つ目は、そのうち、客観的にも法律上の保護対象、つまり秘密管理規定に従って管理している営業秘密。と理解してきた。
設備については、生産技術部門を中心に、図面から始まって、作業手順書に至るものはすべて秘密として管理していたと思います。
1号機は2000年当初は部品試作室にあり、見学者にもみせていたが、クリーンルームに移してからは、見せるなと指示を出していました。

【ワイヤ挿入装置1号機の技術を特許出願しなかった経緯について】
名大のチューブ゙式から基板貼り付け方式への発想の転換を特許申請しなかったのは、名大の別のグループでやっていたものを見て思いついたものだから、またワイヤを並べること自体は非常に簡単な話で、特許性があるとは考えていなかったから。
磁石で止めるのも当たり前で特許性があるとは思っていなかった。応力フリーは磁石で止めることの裏返しで特許性にはちょっと、と思っていた。また、リコーとの共同開発とか、JSTとの開発委託契約で開発したという事情も影響して、ちょっと面倒くさいなというところもあった。
西畑、山本、浅野の「秘密管理して、特許出願しなかった」との証言には、だれがそんなことを考えついたのだろうと、びっくりした。
当時の会社の特許方針を調べると、製品、生産技術、製造設備すべて特許出願してビジネスをやっていくと決まっていた。事実、我々の電磁部では、磁石を作る設備も、超音波ボンディングも、製造設備の特許を出している。製造設備は特許出願しないというのが会社方針であったというのは作り話。また、電磁部の特許出願の可否は本蔵が決めていた。
トヨタから森田副社長さんが2000年6月に来て、彼がそのようなことを言っていた。青山君らを呼んで、本蔵はけしからんことをやっているということを言っていたのは知っている。また、安川社長と対立したとき、若手技術者は君とは別の考えを持っていると言っていた。その若手の代表格が青山で、彼がキーパーソン。2013年8月のJSTの資料を見て、特許裁判を起こさなくちゃいけないという考え方をうち出して、それが一貫して今回の裁判の伏線になったと思っている。本蔵が退任するときに公開情報を整理したのは青山で、彼が一番よく判断できる立場の人です。

学生 B さん その 8 [ 2021.3.23 ]

10月30日 本蔵さん本人質問(2日目) 傍聴記7

【ワイヤ挿入装置1号機の基本設計は研究0号機として既に存在し、公開情報であった】
研究0号機について
愛知製鋼は、96年から名大技術を導入した。名大版の素子はチューブにワイヤを通していたものだったので、本蔵さんが基板にワイヤを直接張り付ける方式を考案し変更した。これは、信頼性が上がり、大量生産が可能なプロセスになる作り方という意味で大学版から商品化へジャンプするものであった。研究0号機は、その考えで製作したもので、その装置は、ワイヤをボビンに巻き付けておいて、ワイヤに張力制御装置で一定張力を掛けて、チャックでボビンからワイヤを引出してワイヤを基板に張り付け、そのワイヤを切断して、更にXY軸方向にステージ、基板固定台座でワイヤを複数本貼り付けるという基本設計であった。当時は、基板両側に両面テープがあり、そこに手でワイヤを押し当てて仮止めし、ハサミで切断していた。ワイヤ挿入装置の基本設計はこの0号機の段階で既に出来上がっており、基本設計は、ワイヤを切断してから素子を作るという考えから、ワイヤをボビンから連続的に引き出して、直接基板に張り付けるという方式に変更したということ。99年5月に国際会議で紹介した。
研究0号機はアイチ内で秘密として取り扱っていなかった
0号機は秘密ではなく公開情報であった。大学の別のセンサでやっていたことをヒントにしたもので、特許性があるとは思っておらず、基板にワイヤを並べるだけの話は非常に簡単なもので、これを秘密するという意識はなかった。実際、0号機については99年の国際会議の一般参加者を愛知製鋼へ招待し見学してもらっていた。つまり一般に公開しており、秘密管理していなかった。さらに1号機が完成した後に0号機は廃棄処分しており、0号機は秘密対象とは考えなかった。
1号機の基本設計部分は公開情報、それを自動化するのが西畑の仕事であった。
1号機の基本設計部はその前に0号機で既に存在し、その手工程部を自動化することが西畑の仕事であった。西畑はワイヤの応力フリーの取扱いと溝挿入テクニックの開発に苦労したが、既に存在していた基本設計まで西畑氏が開発したと勘違いをしている。
【JSTの委託開発で得られたノウハウは、JSTに帰属し愛知製鋼の秘密ではない】
愛知製鋼としては、この開発実施報告書に記載された内容というのは、秘密情報でなく公開情報であると考えていた。JSTは、これを使いたい会社、第三者には提供する、愛知製鋼はそれを認めますという契約書を交わしている。JSTに帰属した技術は第三者に使われていくということで、01年当時、公開情報として考えていた。 JSTからは、開発委託成果をどんどんPRしていただきたいと言われ、2003年JST公開セミナで設備の概略図を描き、それを使って応力フリーの設計思想を公開している。ボビンに巻き付けたワイヤを引き出して、仮止めして、切断するという基本工程をこの図から読み取ることができる。
【JSTにノウハウが報告されなかった理由】
西畑氏のレポートには、JST開発委託で取組んだ成果で、その中で生まれたノウハウが書かれているもの。JSTとの新技術開発委託契約書によると開発によって生まれたノウハウはJSTに報告する義務があることになっていた。どういうフォーマットで報告したら良いかわからないので、JSTからの指示どおりにやってくれと山本に指示していたが、今回の裁判で報告されていなかったことがはっきりした。その理由を今振り替えてみると、2001年7月30日にJSTと、完了報告についてやり取りした際に、JST成果報告、経理報告書の報告指示はあったが、ノウハウブックについての指示がなかった。ノウハウは莫大なので、そのうちの何を報告しろと指示していただかないと、どこまで報告すべきかわからず、JSTからの指示待ちになっていたと思う。 報告はしなかったが、そのノウハウの権利関係についてはあくまでも、JSTと共有と考えている。
【ワイヤ挿入機1号機は愛知製鋼単独の営業秘密ではなかった】
ワイヤ挿入機1号機が踏襲した研究0号機の基本設計部分は公開しており、JST開発委託で生まれたワイヤ挿入機1号機のノウハウはJSTに帰属するものであり、ワイヤ挿入機1号機の秘密保持に関するリコーとの覚え書きの有効期限も消滅しており、2013年当時では、ワイヤ挿入機1号機については愛知製鋼が単独で有する営業秘密ではなかったと考えていた。
【ワイヤ挿入装置1号機は主にリコーの技術で製作された】
ワイヤ挿入装置1号機は7月に本蔵がリコーに頼み込んで、その後担当者が打ち合わせて、大枠が具体化した。
愛知からは、応力フリー、6本取り、磁石を使うという要求仕様を出して、リコー側が装置の構想を考えることにした。その際、リコー側は、①磁石は難しいので、ハンドリングは引出チャックを採用、②位置決めは10μmの精度で可能 ③静電気問題の経験あり。3ヶ月くらい簡単にできると言っていた。ある意味、この装置はリコーが設計・製作したもの、主にリコー側の技術で製作された。

学生 B さん その 7 [ 2021.3.23 ]

10月30日 本蔵さん本人質問(2日目) 傍聴記⑥

【愛知製鋼の営業秘密とホワイトボードの記載(開示情報)との関連性について】
検察官は2000.9.1付けリコーと愛知製鋼との覚書に基づいて,ワイヤ挿入装置1号機に関する愛知の営業秘密を特定しようとの問題意識で、西畑氏への尋問があり、覚書きの第1条、2条にはワイヤ挿入装置1号機の構造とか機能について、技術的な情報が書かれており、この覚書は、こういう内容については秘密にしてくださいという契約書であるので、ホワイトボードの記載内容との関連性について弁護士から質問。
第1条の構造・機能について
第1条の内容とホワイトボードの記載を確認。ホワイトボードの記載は、リコーの覚書に記載された内容とは大幅に異なる、特に「多極着時、垂直方法の角度、弾性限界内でやる、応力を解法する意味の違い」など、重要な点でことごとく違うと、本蔵さんは考えている。
第2条の「なお書き」⑶にいて
2条のなお書き⑶は、愛知製鋼から提供された情報について、それを愛知製鋼が公表すれば、この覚書の秘密から外すという意味。リコーは、守秘義務を免れることになっている。当時これはJSTの委託開発なので、基本的に情報を公開します。それが前提にあったので、この項目が入っている。
第6条 有効期限について
「その有効期限は2000年9月1日から10年間」であり、効力は2010年8月31日を以て消滅している。2013年当時ワイヤ挿入装置1号機は、リコーとの秘密保持契約の対象外となっていた。 「2003.12.1,2006.10.1に、リコーやマルゴ工業から愛知製鋼に対して、ワイヤ挿入装置に関する念書が差し入れられたが、1号機の覚書で特定された装置のことは何も書かれていない。これらの念書は、ワイヤ挿入装置1号機に関する覚書とは別と考えていた。
【ホワイトボードと公知情報との関係】
4月9日にホワイトボードは、新しい設備のことが描かれている。新しい研究用ワイヤ張り機は公知情報をベースにしていて、発想を変えた装置である。1月25日に次世代MIセンサの研究用装置についての基本を考えていた。そしてその新しい発想をFA電子に説明したのがホワイトボードの図である。
【1月25日の書面とホワイトボードの対応関係】
1月25日の書面には「つまり、研究用ワイヤ張り機は、公知情報をベースに発送を変えた装置」と書かれている。これらの点は公知情報である。愛知しか知り得ない情報(ノウハウ)は、➀応力フリー②特殊レーザ③ポストといった点であり、ホワイトボードには、➀ぴんと張って固定して切断という考えが書かれ②安価なYAGレーザを技術開発して使えるようにしたい。③浅い溝を使った位置決め方式が書かれており、愛知のノウハウではなく、発送を変えた装置が書かれている。

つづく

学生 B さん その 6 [ 2021.2.23 ]

10月30日 本蔵さん本人質問(2日目) 傍聴記⑤ 

【ホワイトボードの記載の正確な意味をどのように思い出していったか】
2017年3月、検察官の取調べで初めてホワイトボードの写真を捜査機関から見せられた。
【ホワイトボードについての取調べ状況と逮捕に至る経緯】
取り調べの最初はホワイトボードを見せられなかった。警察からは、エフ・エー電子にどのような装置の頼み方をしたのですかと問われたが、記憶が無いと答えたら、通常は、どのように頼みますかと問われ、まず、背景・目的を説明し、現状、問題点を説明すると説明した。警察から、では、問題点をいう時に、愛知製鋼の設備について説明して、問題点を説明したんでしょうね。ということになりますねと言われて、私から、あそうかもしれませんね。と言って、警察は、愛知製鋼の問題点を言っている以上は情報開示だと言われ、私のほうは、その意識はなく、一般情報だけを組み立てて、愛知製鋼の秘密は理解しているので、それを言うつもりはなくて、私の新しい発想を伝えただけと言ったんですが、すべてが愛知製鋼の秘密なんだということで、3日か4日後に逮捕された。
【検察に初めてホワイトボードの写真を見せられた感想】
意味がわからなかった、何の写真だろうと思った。私が書いた絵とは思えなかった。あなたしかいない、と押し問答になった。
【その後、石川刑事への本蔵さんの説明】
ホワイトボードの写真は、検察官に見せられた物以外にあるのか?と石川刑事に聞いた。石川刑事は、その他にはないと答えた。それはおかしい。ホワイトボードの写真を見せられる以前の取り調べの際に私が説明した内容は、ホワイトボードの写真とは全然違う。ホワイトボードの記載が写真の通りだとすると書いたのは菊池君かな、と説明して、その日は終わった。
【記憶を尾乱した後の警察の対応】
ホワイトボードの左端に仕様が記載されているのを見て、時間がないので菊池君に会議の前に記載しておいてくれと頼んでおいた事を思い出した。続いて、すべてのことが思い出された。石川刑事に真実を話した。次の日、石川刑事に呼び出されて、昨日言った証言をホワイトボードの写真を見ずに行ってくれ。本当に思い出したのであれば同じことが言えるはずだと言われ、再度説明した。それで石川刑事は納得して調書を取ると言った。
【その後の石川刑事の対応】
石川刑事は、調書を散りながら、「これを否認すると大変な事になるぞ、へたをすると裁判中ずっと拘置所から通うことになるから4年は出られませんよ。」また、「自白すれば罰金刑1万円程度で終わる、4年間は留置場に入っていいのか。おまえは弁護士に騙されているんじゃないのか。」と言われた。
私は嘘をつけというのかと反論し、4年でも10年でも構わないと言ったところ、刑事は勝手にしろ。」と言われて、調書をとっていただいた。

10月30日分 つづく

学生 B さん その 5 [ 2021.2.23 ]

10月30日 本蔵さん本人質問(2日目) 傍聴記④

【甲53 菊池調書に対する反論】
警察での取り調べによる菊池さんの調書内容について、事実と食い違う点が証言された。
3月5日のやり取りに関する内容について
菊池調書➀:菊地さんが松永氏に対して、10μ程度のアモルファスワイヤを60㎜四方の基板に並べることができるか、基板を載せるステージを1μ単位で動かすことができるかという質問をした。
本蔵証言➀:あり得ない。MIセンサの最先端の話であり、そのような話をできる人は私以外にはいない。感度を上げるとか、マイコン付きのセンサで補正するなどは菊池君では説明出来ない
菊池さんが作業標準書を読んでワイヤの送り速度やテンションの数字をメモした、という点について
菊池調書②:愛知製鋼のワイヤ挿入装置の作業標準書を読んで、ワイヤの送り速度や、テンションの数字をメモに控えた。 本蔵証言②:テンションの大きさについては、愛知製鋼の作業標準書の荷重は2g。張力で言えば、26kg/mm2程度。我々は強く張力を掛ける装置を作りたいということで、100kg/mm2暗いを想定していた。新たに製作を依頼した装置の参考にならない。ワイヤの送り速度についても、お任せしますということで話がついた案件で、特に意味がある情報ではない。また、作業標準書を読んでも指数しか書かれ手折らず、速度の数値の記載はない。
本蔵さんが打ち合わせの最初に松永にMIセンサの使われ方や市場動向を説明したという点について
菊池調書③:本蔵さんは、最初にMIセンサの使われ方や、市場動向を説明してからワイヤ整列装置の説明に移った。
本蔵証言③:していない。その証拠に松永氏は、聞いていないし、ノートにも取っていない、自分は営業マンだから、聞いていれば、必ずノートに取るはずだと証言した。
本蔵さんがワイヤ整列装置の工程を説明した、という点について
菊地調書④:本蔵さんがホワイトボードを使いながら、ワイヤ整列装置を使った工程を順番に説明した。引き出しチャキングがワイヤを取りに行って、~ワイヤを磁石でくっつけるまでについてホワイトボードに沿って説明した。
本蔵証言④:全然そういう説明はしていないし、ホワイトボードにも描枯れていない。
ホワイトボードには菊池調書の説明の記載がない
ホワイトボードに菊池調書にある一時仮止めのクランプや顕微鏡は書かれているかという問いに対し、本蔵さんは「ない」。また位置合わせについては、松永氏から説明を受け、その内容は機械的な位置合わせで、顕微鏡を使うものではなかった。
まさらに、ホワイトボードで「磁石の力でワイヤをくっつける」ことを説明したとされる点については、ホワイトボードには多極着磁とか磁石治具の設計は描かれていなく、できるかどうかもわからないいう話も合わせて説明しての磁石の意味であった、と証言した。
菊池調書の説明内容は、愛知製鋼のワイヤ挿入装置ではない
愛知製鋼の装置は直接挟圧しない方式なので、愛知のワイヤ挿入装置には、菊池調書に書かれていた「一時仮止め」のためにワイヤを掴んでおくクランプはない。同様に、愛知製鋼の装置には菊池調書に書かれていたワイヤを上から押さえる「仮押さえ治具」もない。
菊池調書の説明は、FAのワイヤ整列装置である
本蔵さんが説明したとされるワイヤ整列装置の工程は、FA社が製作したワイヤ整列装置とほとんど同じ。ワイヤ引取~磁石でくっつけるまで、ほぼFA社の装置と同じだった。
まとめ

甲53の菊池調書では、愛知製鋼の、応力フリーという非常に特徴あるワイヤの張り方のテクニックは一切語っていない。逆に固定チャックでつまんで・・などと、ワイヤをぴんと張ったエフ・エー電子の装置の工程を語っている。

10月30日分 つづく

学生 B さん その 4 [ 2021.2.23 ]

10月30日 本蔵さん本人質問(2日目) 傍聴記③

【ホワイトボードの記載 位置合わせ、細部について討論部分】
ホワイトボードは松永氏が説明しながら書いたもので、松永氏がワイヤの位置合わせをする工程を説明した図であった。本蔵さんは、ワイヤの位置決めについては、両面テープを張って並べてくれれば良いので方法は松永氏に任せた。位置決めの方法については、松永氏の考案であった。ホワイトボードの図の内容は、ワイヤに張力をかけ張っておき、リールと台座を下から持ち上げて、リールの溝の底にワイヤをはめ込み、両面テープにワイヤを強く張り付けるという考えであった。 この方法は、愛知の装置での並べ方(溝に磁石の力で吸い込む方法)とは異なる。 その他1つ1つのホワイトボードの記載内容について、本蔵さんから詳細に説明が行われた。松永氏とは、開発の大日程と説明と装置の納期について等打合せしていた。 松永氏からも質問があり、素子の構造、アモルファスワイヤについて、公開情報の範囲で市販MI素子の構造と、いろいろなところで発表されているユニチカの設備を紹介した。エフエ電子の場合、ワイヤ張力制御装置は市販品であり、納期は4ヶ月で十分と考えられた。

【検察主張の開示工程とホワイトボードの図が合っていない】
検察官は「本蔵さんと菊池さんが検察試料の➀~⑦の工程を可能にする装置であることをホワイトボードで説明した」と主張していたが、本蔵さんの証言では、「ホワイトボードの図を見れば一目瞭然で、ホワイトボードの説明と検察の主張は全く相容れない、食い違っている。ワイヤに一定の張力を掛ける張力制御装置は描かれていない、位置合わせする顕微鏡は描かれていない。愛知が採用していた先端ガイドは描かれていないし議論もしていない。」 ホワイトボードの図で愛知製鋼の装置を説明できるのかという質問に対し、「不可能です。」、検察主張の工程を説明するには別の図が必要。愛知製鋼の装置にあるはずの張力付加装置のパーマトルクの機構はワイトボードには描かれていないとのこと。

【完成したFAのワイヤ張り試験装置について】
2013年11月マグネデザインに納入されたFA電子1号機は、本蔵さんが要求した仕様、ぴんと張る、ワイヤを精度よく張るという2点できれいな性能を持っており、それを使って所定の研究ができた。研究装置として十分であった。仮止め方法については、当初は磁石と両面テープを併用し、最終的に両面テープだけで仮止めする方法に結論がでた。

【ホワイトボード内のJSTの記載について】
JSTという記載は、JSTからの補助プログラムで考えていることを説明したもの。

【ホワイトボードに関する西畑証言について反論】
先に行われた西畑氏の証言について食い違う点が多く証言された。
1μという記載について
西畑証言➀:Y軸方向に送る台座の送りピッチということ。1μの精度で動くステージだった。総合誤差とは違う。
本蔵証言➀:西畑の認識と同じ。愛知製鋼の総合誤差は1号機で30μ程度、3号機で10μ程度である。3/5の打合せで1㎛の目標を確認していたので、4/9は当時一番良いステージの1㎛ピッチを前提にしましょうと、仕様に描いた。。

変則可能について
本蔵証言②:愛知製鋼は一定送りピッチ。我々は1個の素子に何本ものワイヤを張るので、2つのモードのピッチが必要で、変則が可能と記載した。
❷5μという記載について
西畑証言③:愛知製鋼でも直径5µのジューコフワイヤを試作の段階で見た。
本蔵反論③:愛知製鋼が5µのワイヤを入手したことはない。たしか7.6μまでしか納入していない。ちなみに愛知製鋼の装置で直径5㎛んおワイヤを引っ張ることは、断線しやすく、ちょっと無理。
❹シリコンウエハという記載について
西畑証言④:愛知製鋼の3号機でシリコン基板を検討していた。
本蔵反論④:愛知製鋼がシリコン基板を検討したのは本当。但し、シリコンは絶縁処理が必要で、さらに単に、絶縁被膜処理するだけではなく、そこに溝を確保し、そこにワイヤを張るので、愛知製鋼の技術では非常に難しい。今国際会議で発表して、世界でも驚かれている技術。

【ホワイトボードに関する松永証言について認識】
続いて、先に行われたFA電子松永氏の証言にも双方の認識が食い違う点があった。
ホワイトボードの逆U字部の記載について
松永証言➀:何かしらの張力を付与する意味で書かれたんだと思う
本蔵証言➀:ダンサローラを描いたと思う、張力制御を意味する部分ではない。
ホワイトボードの図 ピンが立ててある部分の記載について
松永証言②:ワイヤを平行に並べていくときに、その位置が定まらないといけないので、その位置をこの50μの間隔に置かれたピンの間にワイヤを収めればいいという本蔵さんの要求を受けた。
本蔵証言②:そのような要求はしていない。松永氏の提案である。
本蔵証言②:装置の性能は、平行に一定間隔でワイヤを張っていく、それだけを保証してください。止め方をどうするかというのは研究しますということで、じゃあそれなら装置としては作れますということで話がついた。
ホワイトボードの位置決めに関する記載について
松永証言③:❶~❸の部分は自分が書いたが、その他の部分は書いていない。
本蔵証言③:違う。松永氏が書いた。これらは松永氏の考えであり、こういう構造はなかなか、私では思いつかない。

10月30日分 つづく

学生 B さん その 3 [ 2021.2.23 ]

10月1日 傍聴記②

【2012年12月4日の打ち合せ】

2012年12月4日、リコー竹山氏との打合の出席者は、本蔵、西畑、清水(この打合せには、菊池氏は出席していなかった)この打合せの目的は、次世代 Apple社向け素子研究用のワイヤ整列装置(ワイヤアライナ実験機)についてであった。現行の307製品を Apple社用に改良するための装置についてだった。記憶では、西畑氏が DR2 として資料を作成し、DR2完了という報告を本蔵さんから社長あてにメールでしている。このリコーとの打合せの装置は、本蔵さんが 3月 5日に FA電子と検討を始めた装置とは異なる装置である。(FA電子と打ち合わせた装置は、毛利先生らと考えていた素子の性能を現行の 100~1000倍に高めるもので、2~4倍に改良する Apple用とは目標レベルが異なるし、機能も全く違う。)

【ワイヤ整列装置の製作日程について】

当初は JSTの補助金プログラム申請し、予算が決定した6月頃と考えていたが、予定を早めることにした。理由は、➀ JSTの補助金プログラム制度が半年遅れてずれたこと。② FA電子がコンピュータ制御式の装置を開発しており、既に市販しているとの情報を知ったこと。

【2013年3月5日の打ち合せ】
FA電子との打合せは、当初 3月12日の予定だったが、急遽、菊池氏に呼ばれ 3月5日に行うこととなった。(恐らく山本氏が、3月12日に本蔵さんと FA電子が打ち合わせることをつかみ、事前に 3月5日に山本氏が、別途、FA電子を呼んだため。そのことを知った菊池氏が同日に設定した。) 本蔵さんはこの打合せで FA電子の装置が今後の開発に役に立つか確認したかった。 3月5日にFA電子の松永氏と会った際に、確認したのは2点。➀ 強く引っ張ってワイヤを張ることは可能か、② 10μのワイヤを 1μの間隔で 2本並べることが出来るのか。この 2点を確認したかった理由は、当時、本蔵さんはコイルの中にワイヤを 2本通して感度をあげようと考えていた。松永氏とは、何故そんなワイヤの整列精度が必要なのか、また、センサのバラつき(個体差)はどうするのか等を確認していた。これらの内容は、開発の最先端の話であり、当時、菊池氏から松永氏へ説明できる内容ではなかった。
3月5日の松永氏のノートには、3つの図があり、これらは本蔵さんがホワイトボードに書いて説明した図であった。1つ目の図は、ワイヤを基板に張る図。FA電子からは白金で経験があり簡単に出来るとの回答があった。2つ目の図は、コイルに 2本のワイヤが描かれていた。ワイヤの間隔が 1μ、精度も 0.1μ という図。これは、FA電子には出来ないとの回答があった。(※現在開発している素子の模式図を白紙に書いて裁判長に説明)
打合せした感想として、FA電子は凄い技術を持っていると思った。それは菊池氏にも話した。この打合せに本蔵さんが出席していたという根拠は、松永氏のノートにあった 3つの図については、本蔵さんにしか話せない内容だった。菊池氏の打合せ議事録も、ワイヤのねじれ応力に関する記載などがあり、本蔵さんが出席していないと菊池氏には議事録に書けない内容であった。 この時の打合せの内容でもわかるように、愛知製鋼の装置が、この時に打ち合わせていた装置と異なるのは明確である。
➀ ワイヤの整列精度:愛知製鋼は 10μ、依頼しようとした装置は 1μ。
② ワイヤの巻き癖への対応:愛知製鋼は巻き癖を問題にしていない。依頼しようとした装置は、強く引っ張って、完璧に巻き癖を取りたいという依頼内容だった。実際、現行のマグネデザインのワイヤ整列装置は、めいっぱいワイヤを引っ張り、巻き癖を取って張ることを重視している。
次世代センサに必要とするワイヤ整列装置への課題は、
➀ ワイヤをピンと張り緻密に並べたい。しかし、強くワイヤを張ると切った時にワイヤが飛ぶ。
② 浅い溝を使ってコイル径を小さくしたい。しかし、仮止めが難しい。
③ 両面テープを使うと刺身しか使えない。
④ 両面テープを張って切断した後に残る張力は小さくしたい。ということだった。現在は、磁石を使わず、両面テープで張力を強く残し、残した張力と熱処理でセンサの性能を上げるという方式に落ち着いてきている。

【 2013年 4月9日の打ち合せ】

・打ち合せ前の状況
10分位前に岐阜工場に着き、会議は1時間が取れないので、黒板に仕様の打合せを書いて欲しいと頼んで事務所で技術員と話していたところ、菊池氏が呼びに来た。
~FA電子松永氏との打合せで議論したこと~
・ワイヤの引張強度について。
本蔵さんが要望する仕様については松永氏から了解をもらっていることの確認し、どこまでワイヤを引っ張れるのか、100㌔は引っ張りたいと要望した。松永氏は、150㌔でも簡単に出来ます。大丈夫との回答。ワイヤの強度データを本蔵さんより松永氏へ送ることとした。これは松永氏のノートにも記載がある。全体で4~5分程度の議論だった。
・切断方法について。
(※ホワイドボードの写真を随時示しながら本蔵さんが裁判長に説明)
本蔵さんは、ワイヤをピンと張って、ワイヤを板で仮押さえし、真ん中をYAGレーザで切断することを提案した。当時、愛知製鋼では 2000万円程の高価な青色レーザを使用していたので、安価な 200万円程度の YAGレーザで切断出来ないか本蔵さんは考えていた。しかし、松永氏ははさみで切断することを提案した。松永氏の提案に対して本蔵さんは、過去にはさみの摩耗を経験していたので反対したが、摩耗試験をするという条件でこの提案を承諾した。
また、ワイヤの止め方が弱いとワイヤが緩むことを心配していたので、押さえる力が弱いとどうなるか、ワイヤの押さえ方を議論していた。(※ホワイドボードの図を示しながら裁判長に説明) 張力制御装置が松永氏のノートには書いてあるが、ホワイトボードに書いていないのは、議論が終わってから松永氏が纏めて書いたのではないかと思う。
愛知製鋼の装置は、できるだけ応力をかけないのでワイヤを上から押さえる方式をとっていない。
検察官が云う「引き出しチャッキングと呼ばれるつまみ部分からアモルファスワイヤをつまんで、一定の張力をかけながら、基板上方で右方向に移動する。アモルファスワイヤに張力をかけたまま仮固定する」という話はしておらず、1μの精度を出すためには張力を一気にかけてどうするかという議論を松永氏としていた。
・ステージの移動精度について。
3月5日の打合せで宿題だった精度 1μ についての本題を議論した。本蔵さんは、目標値は総合誤差 ±1μ。微小な間隔 1μ で送れる装置と、粗い 50μ ピッチで送る装置を、組み合わせて、まず粗いので送って、誤差を顕微鏡で確認して、後で詳細に動かす、という提案を松永氏へした。松永氏の回答は、今は 1μ で 100㎜ でも送れる装置が出来ているとしてカタログを見せてもらった。
この件については、松永氏に一任することにした。(※本蔵さんはホワイドボードの写真を示しながら、精度の図について裁判長に説明)この件については、5分程度の議論だった。
・仮止めについて
松永氏は、工程を一通り説明し、最後にワイヤを仮止めする時に、両面テープか接着剤が普通と思うが、それで良いか確認を求めて来た。本蔵さんは、磁石での仮止めも考えていたので、「磁石を付けて、仮止めすることも考えてもいるが溝が浅いので難しい。仮止めについては、我々でやるので心配しないで良い。両面テープで張って平面プレートに並べてくれれば装置としては良い。 と回答した。松永氏は、平面プレートに並べるだけなら自信があるのであと工程はお願いします、と承諾した。(※本蔵さんはホワイトボードの写真を示しながら、溝位置合わせの図について説明) 多極着磁、磁石の巾などの設計については説明していない。まだアイデアが無かった。 2013年 9月頃、装置の検収をあげた。磁石治具は使わず、アルミのプレートに両面テープを貼って、そこにワイヤを平行線に並べて、間隔1μを確認し検収合格とした。4月9日の時点で仮止めの方法は確定していなかった。
・その後の本蔵さん菊池氏の雑談 (松永氏は聞いていない)
その後、しばらく松永氏は5分程一人で考えていた。その間、本蔵さんと菊池氏は雑談していた。雑談の内容は、使用するウエハなど、装置以外の検討課題だった。将来的な素子のサイズ、素子を小さくして価格を下げる、中国市場を考慮して、2つのタイプの素子を用意する必要がある等を話していた。この間、松永氏は雑談の内容を聞いていない。
次に、本蔵さんから松永氏へ質問。「どうやって溝に入れるんですか」。これに対し、松永氏は5分程度考えていた。
松永祭が考えている間、再び、本蔵さんと菊池氏で5分程度の雑談。シリコンウエハ、フォトマスクの原価、ワイヤ整列装置のコスト、熱処理、研磨、月間生産数、素子の原価、熱処理の原理について。これらは本蔵さんが菊池氏と話していた事であり、松永氏は聞いていなかった。

10月1日分 以上

学生 B さん その 2 [ 2020.12.21 ]

10月1日 傍聴記 

10月1日。午前10時。名古屋地裁第2法廷は満席。正面には裁判長。向かって左側には大量の書類のキングファイルと本蔵さんの弁護団。右側には風呂敷に包まれた広辞苑1冊分ほどの書類と検察官が一人。そして、本蔵さんは法廷中央の証言台に真っ直ぐ前を向いて静かに座っていた。
穏やかな口調で弁護団による質問が始まった。はじめは、本蔵さんのこれまでの経歴を確認されていた。名大理学部物理学科卒業後、愛知製鋼の入社。愛知製鋼の社員でありながら大学教授のような学会活動を2012年退職時までされており、国際会議招待講演18件、国際論文28、特許出願件数400件以上という数字には驚いた。
94~95年に愛知製鋼にクリーンルームを設置。センサの研究を行った。これがMIセンサ研究開発の基礎となった。96年MIセンサ開発前の時点で磁気センサ特許は12件出願していた。 91年軟磁性ステンレス鋼の研究で工学博士号を取得した。MIセンサの元になる物理現象と同じで役に立った。
磁石の開発においては、義歯用磁石で、NHKの特集番組で紹介され、特許庁長官賞を受賞した。欧米に比べて10倍以上も強いものをコンピュータシミュレーションで開発し、50~60億の利益が出た。これをもとに愛知製鋼電磁事業部を設立した。 モータへの活用が出来る世界最強という粉磁石では、日本磁気学会から業績賞、トヨタからの技術開発賞、山崎貞一賞を受賞。 また、97年からのMIセンサの開発においても、特許出願96件。「MIセンサによる電子コンパス及びモーションセンサの開発 で文部科学大臣賞を受賞。
MIセンサは大学の基礎研究から商品化へジャンプアップし、98年にアイデア発案、99年に国際会議発表を行い、その後99年3月にJSTとの開発委託事業へと展開していった。
JSTの開発委託では、MIセンサ製作の作業を自動化するための装置製作、製品を量産仕様にすること、コイル式MIセンサのための電子回路開発を行う計画だった。JST開発委託は成功し、当初4年計画だったが2年間の前倒しで成功認定(2001年10月)となった。計画が前倒しになった理由は、アメリカのJCI社から受注が入り、その事業化には開発認定が必要だった。センサのサイズが1万分の1のマイクロコイル式にして小型化する計画は残っていたが、小型化については愛知製鋼独自で行うことでJSTと話がまとまった。
92年に電磁部が設立してから、00年5月まで本蔵さんが陣頭指揮をとり、売上3億→99年には18億へと伸ばした。しかし利益は、ほぼデンタルによる利益で、その利益は磁石の基礎研究に費やしたため、実質利益はほぼ0。
00年6月から08年まで森田氏(副社長)が陣頭指揮をとり、売上を18億→36億へ。しかし、人員、東浦工場、岐阜工場、関工場、チェコ工場、上海工場、磁石の評価設備等の過大投資の結果、約20億の赤字となった。
08年6月に社長が交代。森田社長から安川社長へ。リーマンショックで社長は鉄鋼事業にかかりきりだった為、08年6月から再び本蔵さんが電磁部の陣頭指揮をとり、原価半減と売上4倍化する計画を進めた。結果、08年以降売上増加、赤字も減少した。1年間で20億円改善した。
安川社長は着任当初、電磁部をたたむつもりだったが、本蔵さんの事業改善を見て、電磁部で愛知製鋼を立て直すことを考えた。安川社長と親しい業者に切り替えようとしたが、本蔵さんが断った。本蔵さんは、トヨタの元副社長であり愛知製鋼の監査役をされた中川氏にシリコンバレーの企画案を提出したが、安川社長が自分の仕事だと激怒し、本蔵さんのクビが決定した。
11年10月にはお前(本蔵)はいらない。青山の提案を採用すると言われた。本蔵さんの提案は研究開発もしながら事業をする案、一方、青山氏は研究開発には力を入れず、応用開発を進めていくという提案だった。
その後、ローム社との共同開発・事業委託に至ったが、本蔵さんは、MIセンサはまだ問題があるのでこの段階での事業委託は失敗すると思っていた。当時持っていた307製品で事業を維持し、4~5年後に本格的なものを出せば愛知製鋼のセンサ事業はやっていけると思っていた。そして、12年本蔵さん退任。
本蔵さん退任後のセンサ事業の売上は、11年31億→12年18億→19年3億。事業として成立しない状況となっていたが株主には知らされていない。当時は、アメリカフェアチャイルド社、村田製作所等、数社が愛知製鋼のセンサ事業の買収を狙っていた。200億~250億で売れていた可能性もあった。
ロームとの共同開発・事業委託の状況は進んでおらず、15年にロームが電子コンパスを開発したが、性能不足でApple社に採用されることなくV字回復はしなかった。 専務を退任し、技監となった本蔵さんは、生産ラインから外れ技術指導のみを頼まれる委任契約となった。直接の指示は社長からのみとなった。数社とコンサルタント契約していたので、お金の管理目的でコンサルタント会社を設立した。3社ほどヘッドハンティングがあったが、全部断って磁気を伸ばしていこうと考えていた。
12年5月頃から次世代MIセンサ開発の取り組みについて、毛利先生、JST中村理事長、JST大日方部長をはじめ名大関係者と相談し、基礎研究(3億円)はJST補助金プログラムで、商品開発事業(9億円)は大手企業にて開発委託で事業化を行うこととし、マグネデザインをベンチャとしてJSTの補助金プログラムを申請しようと大枠を決めていた。
センサの性能をアップする方策としては、
➀センサ周波数をMHz→GHzとし10倍の性能アップ、
②コイルピッチを30μ→1μと巻き数を増やし性能を10倍化、
③新たなワイヤ整列装置の製作
を検討していた。ワイヤ整列装置に関して、13年1月25日に構想を考えたメモをしたが、他社には発信していなかった。新たな装置の構想は、リコーと契約した愛知製鋼3号機と比較しても愛知製鋼のノウハウは採用されておらず、次世代センサのワイヤ整列装置は、公知情報をベースに発想を変えた装置であった。JSTの開発委託で製作した1号機のノウハウは学会等あらゆるところで公開されている情報であった。愛知製鋼3号機等、開発委託後の装置に関する愛知製鋼の開発ノウハウは、今回の次世代センサ開発における方向性と全く違ったので役に立つものではなかった。新しいワイヤ整列装置は、開発完成したら特許になる技術だと考えていた。この構想についてはホワイトボードに同じものを記載した。そして、実際に構想していたワイヤ整列装置は出来上がった。

つづく 学生 B さん [ 2020.12.14 ]

まず、本蔵さんがどういう人物かを詳しく紹介しました。
1974 年愛知製鋼に入社してから2012年の退社まで、大学教授並みの学会活動を行ってきました。 国際会議招待講演 18件、国際論文 28件、特許 400件以上出願しました。 そして、多くの開発・研究を重ねてきました。

1. 透磁率計の研究・磁気センサ特許12件出願
2. 1991年、軟磁性ステンレス鋼の研究で工学博士号取得⇒MIセンサ研究開発の基礎となった。
3. 義歯用磁石
磁気回路設計(コンピューターシミュレーション)の技術で、欧米の 10倍以上強いものを開発し、300万人以上に 使用頂いた。50 ~ 60億の利益を上げ、この成功を背景に愛知製鋼電磁事業部が出来た。 コンピューターシミュレーション技術は MI センサの開発に役立った。
4. 磁石の開発
2012 年、磁力を高める為、従来使用されていたジスプロシウム(中国しかない)が無くてもモーターに使える粉磁石を発明し、山崎貞一賞を受賞した。
5. MI センサ開発
96件の特許出願
MI センサによる電子コンパス及びモーションセンサの開発で文部科学大臣賞を受賞した。
6. 1999年5月、ワイヤタイプ(基板に直接張る方法)を発見し、国際会議で発表した。
JST 委託開発に協力頂いた。
7. JST開発委託で『作業の自動化・装置作成』『製品を量産仕様にすること』を目的に、 設計変更の為の電子回路開発を行った。 2001 年10 月、JST開発委託事業成功認定された。

以下、本蔵さんの商品販売への影響力です。
- ボビンタイプ
アメリカ JCI 社からの受注用に工場を作ったが、本蔵を外し、副社長が・海外担当重役・山本と 3人で交渉し決裂した。結果、工場は処分し2億円の損害が出た。
- マイクロコイルタイプ
開発成功し、携帯用電子コンパスにと KDDI に採用が決まったが、価格を 2倍にした為に決裂した。 2003年、ボーダフォンからの開発委託( 2億円)が来て、モーションセンサーを開発して危機を乗り切った。
以下、本蔵さんの売上・利益で上げた成果についてです。
- 1992年愛知製鋼電磁事業部~2000年 5月:本蔵が実質陣頭指揮
売上 1992年3億→1999年18億(6倍化) 
※デンタルの利益(4~5億)を、センサと磁石の基礎研究に回して利益ゼロ、赤字ではなかった。
・2000年6月~2008年 6月:森田(副社長)が陣頭指揮
売上 18億→36億(2倍化)
※但し大赤字が20億/年。赤字の理由として、① 価格を市場価格の2倍化 ② 一方過大投資(要員、東浦工場・岐阜工場・関工場・チェコ工場・上海工場・モータも作ろうとした事、磁石の評価設備等)
- 2008年6月~:本蔵が陣頭指揮
リーマンショックで社長は鉄鋼事業にかかりきりになり、当時常務の本蔵が電磁部を担当した。 原価半額、売上げ4倍化の計画で進めた。2008年以降売上げが増加し、赤字が減少した。(1年で20億改善) 2010年、評価されて専務になった。
以下、本蔵さんが2012年に専務を解任された後のMIセンサ事業についてです。
- センサ事業売上が、2011年31億→2018年18億→2019年3億と衰退し、事業として成立しない状況だった。 しかし、この状況は株主には知らされていない。
- 数社が、愛知製鋼センサ事業の買収を狙った。当時ならば、200~250億で売却されていた。
- 愛知製鋼とロームの共同開発、製造委託は進まなかった。
2015年5月、ロームが電子コンパスを開発したが、性能が足りずアップルに採用されなかった。
以下、本蔵さんが、専務解任後に技監として行ったことです。
- それまでの公開情報を整理し、愛知製鋼の主要関係者に残した。
- 委任契約という立場で技術指導を依頼された。直接指示を受けるのは社長からのみという立場だった。 内容:電磁部の技術面全般(生産技術、開発、デンタル、センサでは磁気ジャイロ、回路、次世代素子307指導他)
- コンサルタント会社設立 数社とコンサルタント契約していたので、お金の管理目的で設立
- 3社程からヘッドハンティングがあったが、全部断り、磁気分野を伸ばすことを考えていた。

以下、本蔵さんの、GSR センサ特許取得と、公職での活躍です。
- 2016年1月、GSRセンサ特許を取得し、国際的学術誌に掲載された。(2020.2 Sensors、2020.7 JMMM)
※Sensors:センサ分野では最も権威ある学術誌 JMMM:磁性材料分野で最も権威ある学術誌 - 2013年5月より約 4年間、日本磁気学会の副会長を務めた。 - MAGHEM とういう国家プロジェクトの有識者として、企画原案の大本を出した。

(裁判の感想)
愛知製鋼で素晴らしい業績を上げ、会社の成長に貢献してこられた本蔵さんですが、2012年に突然専務を解任されたことは、到底納得できるものではありません。しかし、技監に退いた後も本蔵さんは、研究と開発を今日まで止まることなく続けてこられました。著名な国際学術誌 Sensors と JMMM への掲載が認められたことは、努力の賜物であり、高い技術として認められた証です。

大阪 O さん [ 2020.12.11 ]